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それは、投資のリスクを投資収益率の分散によって表現するという分かり易さと、具体的な投資プランを提供してくれるという親切さによるところが大きい。
そしてもし順調にいっていれば、金融工学は一九六〇年代には、学問として成立していた可能性もあったのである。
ところが残念なことに、平均・分散モデルは、その後間もなく計算の壁に突き当たってしまった。
一○銘柄、二〇銘柄程度を対象とする問題ならともかく、五〇〇銘柄、一〇〇〇銘柄という実用上の問題は、当時の計算機ではとても手に負えなかったのである。
具体的な答え(投資プラン)が出せないようでは、工学的手法としては落第である。
ここにやってきたのが、W氏(S大学名誉教授)である。
この人は、L大学の経済学部の学生だった一九六〇年代はじめに、博士論文のタネを探すため、NコーポレーションにH氏を訪れた。
Nコーポレーションは、L大学にほど近い応用数学の研究所である。
第二次大戦中に、様々な作戦研究ORに動員された優秀な研究者を温存すべく、陸軍が組織した研究所で、当時ここには、多くの経済学者やORの専門家が集まり、群雄割拠の中で次々と新しい分野を開拓しつつあった。
経済学とORの研究者たちが、実際上の問題を解くために協力し合った、古き良き時代のことである。
さて、M教授の口ききで、学生時代からこの研究所で働いていたH氏は、学位取得の後正式研究員となり、ここで数年かけて歴史に残る名著『ポートフォリオ選択一投資の効率的分散』を書き上げた。
一九五九年のことである。
しかし、この本を読んだS青年がH氏のもとを訪れたとき、既に彼は全く別の研究テーマに取り組んでいた。
Jが開発した単体法の効率化や、シミュレーション言語「SIMSCRIPT」の開発などの、数理工学的研究テーマである。
既に述べた通り、当時平均・分散モデルは計算上の壁に阻まれていた。
しかしこのときS氏は、H氏との会話の中で、この壁を乗り越えるためのヒントを得たのである。
一九六一年の夏、学科の図書室でこの本を見つけて、その面白さの虜になった。
習ったばかりの二次計画法を使って、投資の最適化を図るという内容のこの本は、この学科を選んだことが間違いではなかった。
という証拠物件のように思われた。
これらの多くも、Nコーポレーションを中心にしまった。
再びここに戻ってくるのは、それから二五年も経ってからのことである。
S氏が、平均・分散モデルを解くことなしに、ほぼそれと同じ解を導くことに成功したのは、一九六〇年代半ばのことである。
そしてこれに引き続き、S氏は同じアイディアを拡張して、後に一世を風扉することになる、CAPM(資本資産評価モデル:Capital Asset Pricing Model)の創始者となった。
CAPM(キャップエムと読む)は、平均・分散モデルに基礎を置きつつ、正統派経済学が重視する均衡理論の形式にのっとったモデルである。
そして、この理論の登場によって、金融理論は一挙に経済学のメインーストリームに乗ることになった。
この理論によれば、すべての合理的投資家は、市場平均ポートフォリオ(例えばTOPIX)と無危険資産(たとえば国債)だけに投資する運命にあるという。
また各資産の平均収益率は、ベーダ値という定数を介して、市場平均ポートフォリオの平均収益率と一次式で結ばれているという。
そして、この関係を用いると、市場に存在する二〇~三〇銘柄の株式を適当に組み合わせることによって、市場平均ポートフォリオと同じ振る舞いをするポートフォリオを組むことが出来るというのである! この結果、平均・分散モデルは、これ以後八〇年代はじめまで、CAPMという女王に仕える召使としての扱いを受けることになった。
そしてこれが原因かどうかはともかく、S氏がS大学の教授となっだのに対して、H氏はN市立大学に勤めることになってしまったのである。
しかし一九八〇年代にはいると、H氏の平均・分散モデルは、金融工学の基本として復活を遂げる。
計算機とモデル化技術の発展によって、六〇年代には解けなかった超大型の平均・分散モデルが、手軽に解げるようになったからである。
こうして、平均・分散モデルが資産運用の基本的道具として、日常的に使われる時代がやってきた。
いまでは、国際分散投資、信用リスク管理、長期のALM(資産・負債統合管理)、さらには住宅ローン担保証券ポートフォリオの構築などにあたって、平均・分散モデルとその改良版が欠かせない道具となっている。
このような流れの中で、一九九〇年度のノーベル経済学賞が、M氏、S氏、R氏(企業財務理論の基本であるR理論の創始者)の三人に授与されたのであった。
本人たちも予想しない受賞だったという。
この時H氏教授は、たまたまT大学数学科(経済学部でないことに注意)に客員教授として滞在しておられたが、筆者はノーベル賞のニュースが報じられるほんの数時間前に、同教授にオペレーショソズーリサーチ学会の特別講演を依頼するため、T大学の研究室を訪れていた。
著名な金融経済学者の講演謝礼は、一〇〇万円が当たり前というバブル最盛期のこと故、学会とはいうものの、一ケタの(それも低い方の)謝礼を口にするのは気が引けたが、まだ時間に余裕があった教授は、会場を完全に禁煙にすることを条件に快く講演を引き受けて下さった(もしこれが翌日であったとすれば、たとえ一〇倍の謝礼でも引き受けていただけたかどうか分からない)。
さてこの講演会は、教授がノーベル賞授賞式から日本に戻られた直後に、K大学(I大学商学部でないことに注意)で、日本ORチ学会(証券経済学会でも経営財務学会でもないことに注意。
なお当時は、まだ金融工学をカバーする学会ジャフィーは設立されていなかった)の主催によって開かれた。
会場に詰めかけたのは、約五〇〇人のエンジニアとその卵たちであった。
これは、H氏教授の業績が、工学系の人たちの間で高く評価されていることの証明である。
なお、H氏教授の受賞に際して、一部の経済学者の聞で、“あれは経済学ではない”という、G大学以来の議論が蒸し返されたという。
筆者はこれを耳にして、彼らの狭量さに嘆息する一方、心の中では、「そのとおり、これは経済学ではなく、経済学を土台とした理財工学なのだ」と叫んでいた。
一九九七年のノーベル経済学賞は、デリバティブ(金融派生商品)の価格付け理論に関する業績を対象として、米国のM氏(S大学教授)とR(H大学教授)の二人に贈られた。
M氏はコンピューターサイエンス出身の金融経済学者、R氏は数学出身の経済学者である。
この二人は、その翌年自らが経営に参加していた大手マネジメント社が破綻してしまったため、「ノーベル賞学者の大失敗」として、ジャーナリズムの餌食になるのであるが、筆者はそのとき、もし盟友F氏が生きていたらどうコメントしただろうか、と考えたものである。
デリバティブというのは、株式や債券などの価格に連動して決まる商品のことで、その代表はオプションである。
これらの商品は、未来の不確定性に伴うリスクをヘッジするための手段として、古くから取引されていたものである。
しかし、適正な価格を決める理論がなかったため、その価格はその場その場で適当に決められていた。
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